【中村慎之祐氏】 Basque Culinary Center現地レポート:BCCからの学びで見えた自社の未来とは
2023年2月9日、スペイン・サンセバスチャンの料理大学Basque Culinary Center(BCC)が主催するCulinary Action! On the Road by BCCが日本で初めて開催された。このピッチコンテストは世界5カ国で行われ、各地区で優勝した企業はBCCでのグローバルピッチコンテストへ参加することができる。
Tokyo Food Institute(TFI)と Future Food Institute(FFI)の協働により開催された日本大会で優勝を果たしたのは、株式会社グリーンエース。サンセバスチャンでのグローバルピッチコンテストに参加した代表取締役の中村慎之祐氏に、スタートアップにとってのBCCの魅力や、今大会に参加した意義などを聞いた。
目次
Basque Culinary Centerとは
2011年に設立されたヨーロッパ初の料理の4年制大学。調理技術だけでなく、テクノロジーやオープンイノベーション、サイエンスなど、食の世界を360度の視点から学ぶことができる先鋭的な学術機関として、世界中から注目を集めている。また、政府や企業、スタートアップ、シェフと連携し、様々なサービスや製品を創出。世界初の食に特化した技術研究機関「BCC Innovation」やスタートアップ企業向けのコワーキングスペース「LABe」も運営しており、食領域に対する幅広い取り組みを行っている。
すべての研究はガストロノミーへと繋がるBCCの独自性
規格外野菜を粉末化するグリーンエースの独自技術は、東京農工大学大学院での中村氏の研究からスタートした。学術機関とパートナー企業、スタートアップの連携により事業化された同社は、BCCの取り組みとの共通点も多いが、現場を知る中村氏は、大きな違いを感じたと語る。
「まず、BCCではガストロノミー×○○という視点が大前提となっていて、それが文化として根付いていると感じました。例えば通常、ピッチコンテストの聴衆は企業や投資家が占めるものですが、BCCのグローバルピッチコンテストでは在学中の学生のほか、一次産業の方も参加していて、食領域に関わる地域の人々のプラットフォームにBCCがなっていると感じました」
グローバルピッチコンテストには食に関する様々なステークホルダーが来場していた
BCCではすべての研究はガストロノミー(美食学)に帰結するため、1〜2年生で調理を学び、3〜4年生でサイエンスや生物学、マネジメントなどの研究を行うというカリキュラムが組まれている。
「滞在中、ピッチコンテストの聴衆だったマスターの学生と飲みに行ったのですが、彼はインドでシェフを経験後、BCCでガストロノミー×心理学の研究をしていました。将来的にはサンセバスチャンでレストランを開きたいと言うので、『心理学を活用したレストランって、ものすごく面白い』と伝えたら『そこまでやるかは分からない』と返されたのですが(笑)、日本では考えられない組み合わせが、BCCではいくらでもあり得るのだと実感しました」
そしてカリキュラム以上に衝撃的だったのが研究室だった。
「日本ではラボはラボ、キッチンはキッチンと分かれているものです。ところがBCCでは研究室がラボであり、キッチンでもある。同じ空間に両方の設備が組み込まれた施設をこれまで見たことがなく、ガストロノミーを重視する姿勢をものすごく感じました」
中村氏は実際に発酵の研究室の様子も見学。バイオテックの研究をしていた大学院生時代に使っていた設備も多く見かけたという。
「私がバイオテックのために使っていた装置が、ガストロノミー領域でも活用されていることにとても驚きました。またガストロノミーをゴールにしているBCCは、我々とは研究へのアプローチも全く違いました。例えば微生物の研究に関して、我々はいかに微生物を殺して賞味期限を長くするかを研究していましたが、彼らはおいしく食べるための微生物の最適化を研究したり、どんな微生物が料理や発酵に使えるのかを実験していて。こういうアプローチ法もあるのかと、とても勉強になりました」
BCCを訪れて変化した自社のグローバル化への思い
渡西前のインタビューで中村氏は、将来の可能性のひとつして自社のグローバル化もあり得ると語ったが、その時点で積極的に海外展開を視野に入れているようには感じられなかった。だが、BCCを訪れたことでマインドに変化があったという。
「一番影響を受けたのは、アメリカ代表としてピッチコンテストに参加したリボーンファームスです」
今回中村氏は2日間の日程でBCCを訪れたが、リボーンファームスは約1ヶ月の滞在スケジュールを組んでいた。アメリカでの事業をヨーロッパでも展開するため、このピッチコンテストを足がかりに、パートナー企業のリサーチやスキーム作りを行う予定だった。
リボーンファームスのピッチの様子
「彼らは、ピッチコンテストが行われる以前からグローバルで通用するコンセプトなどをしっかりと考えていた。だからこそ、このようなチャンスが訪れたときにすぐに動くことができた。一方で我々はとりあえず『グローバル化』と言っていただけで、結局彼らほど本気で考えてはいなかったんです。だとすると、真剣に考えれば我々もグローバル進出できないわけがないと刺激を受けましたし、世界で戦えるプロダクトやビジネスモデルを作ろうというマインドは非常に強くなりました。実際、帰国後すぐにスタッフとディスカッションの日を設け、グローバル化に向けての話し合いを行いました」
今回、日本大会で優勝をしたグリーンエースには、賞品としてBCCテクノロジーセンターで、スタートアップに即したメンタリングセッションに使える20時間分のバウチャーと、LABeでの1ヶ月の研修が贈られている。
「正直、ピッチコンテストに出たときは、バウチャーで何ができるのかなと思っていたのですが、今回訪れたことによってBCCはフードテックスタートアップにとって、とてもありがたいパートナーだと実感しました。まず我々はR&DでBCCの知見を借りるためにバウチャーを使うことにしました。というのも、我々は今、新しい食材の粉末化に成功し、商品化を考えているのですが、通常だと研究者にはサイエンスの話しかできず、シェフには料理の話しかできない。ところが BCCであれば、サイエンスからおいしさまでワンストップで話を進めることができる。スタートアップが商品化を目指すにあたり、これ以上心強いパートナーはいないと確信しています。これは決して我々のビジネスモデルに限ったことではありません」
BCCのAsier Alea氏(左)とBCCで活躍する研究者たち
例えば、と中村氏が挙げたのが、Culinary Action! On the Road by BCCでともに登壇した他のスタートアップ企業だ。世界初の完全栄養食の味噌汁を開発したMISOVATION社であれば、いかにおいしい完全栄養食を作ることができるのかを相談することができる。コオロギパウダーを生産するecologgie社であれば、コオロギの栄養成分を生かしながらおいしい食品として商品化するかを相談できるというわけだ。
「どのスタートアップでも、BCCの素晴らしい活用法を見つけ出せるはずで、これはものすごく価値のあることだと思っています」
グリーンエース社はすでにBCCの商品開発チームとのミーティング段階に入っているという。世界的な学術機関と日本のスタートアップがタッグを組んだとき、どのようなイノベーションや商品が生まれるのか、楽しみにしたい。
中村 慎之祐
Shinnosuke NAKAMURA
株式会社グリーンエース 代表取締役社長
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任助教
博士(農学)
1992年生まれ、山形県出身。2015年に野菜粉末化を用いたアイディアを東京農工大学のビジネスコンテストで発表、同年11月から農産物粉砕技術の研究を開始。研究の結果、色や香り、栄養成分を保持したまま農産物を粉末化することに成功。2018年に、農産物廃棄を削減するとともに生活者を豊かにすることを目指して(株)グリーンエースを創業。2020年に博士課程を修了し、事業を本格的に開始。
生産地で廃棄される規格外農産物を、新たな価値を持つ商品に生まれ変わらせるために、野菜をより手軽に摂るブランド「Vegemin」を2021年に立ち上げ、あらゆる生活者の野菜不足改善にむけて取り組む。また、粉砕技術を活用して、企業の食品残渣を新たな商品へと生まれ変わらせるアップサイクルに向けた事業を展開。
グリーンエース
https://greenase.jp/
<文 / 林田順子>