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【外村仁氏 4/4】日本の食の教育はどのように変わるべきか Food
Innovation

【外村仁氏 4/4】日本の食の教育はどのように変わるべきか

世界的にもハイレベルな日本の食。この価値を世界に発信するためには「なぜそうなるのか」という視点が大切だと外村仁氏は言う。そのために必要となるのが食に特化した教育機関だ。外村氏に世界の教育事情と日本のこれから目指すべき教育について語ってもらった。

※写真上:バスク・カリナリー・センター併設のインキュベーションラボ「LABe」でのスタッフとのディスカッションの様子

 

美食の街に設立された料理専科大学

 

Img 2545バスク・カリナリー・センター(BCC)


アメリカにも、イタリアにも食に特化した教育機関がありますが、現在、私が一番素晴らしいと思うのは、スペイン北部の美食の街、サン・セバスチャンにある「バスク・カリナリー・センター(BCC)」。ヨーロッパ初の4年制料理専科大学です。

日本では食に関する教育機関というと、調理の技術を学ぶ専門学校に行くか、大学であれば、栄養学部や農学部に進学するということになると思います。ところがBCCでは、調理から、マネジメント、食文化やマーケティングまで、食を多角的に学ぶことができます。

 

フードテックに力を入れるBCC

 

例えば、フードロスを減らすための再利用方法や、素材、調理法、保存法においてどのようなテクノロジーが活用できるかなどフードテックの研究。スタートアップ支援プロジェクトも行われていて、授業にもスタートアップの商品を取り入れることもあります。学内には学生たちが考案し調理した料理が提供されるレストランがあって、一般人も利用可能。そこではテーブルセッティングや接客などの指導も行われています。

世界初となる調理科学の博士課程を立ち上げたり、デジタルガストロノミーラボを開設したり、フードテックを牽引するのだという意思も感じられます。

 

シェフたちが再び学ぶ場にも

 

調理師になろうとしている学生の横で、スターシェフだった人が勉強していることもあります。学生はその姿を見て「ただ料理ができるだけじゃダメなんだ」と実感できるし、シェフも「レストランを1年休んで、勉強に行ってくる」と言える。パワフルにスキルアップすれば、世界に羽ばたく可能性も広がります。
日本も技術を教えるのが学校という考えから脱却して、食に関連する様々な知識や問題解決力を幅広く教える場を作ることが必要でしょう。

1BCCで学ぶ学生たち


多角的なスキルを持ったシェフを育てる必要性

 

私の暮らすサンフランシスコ・ベイエリア(シリコンバレーも含む)には、ミシュランで星を獲った寿司屋が10軒ほどあります。握っているのは日本人ですが、日本人が経営しているのはほんの少数。つまり職人は大勢いるけれど、ビジネスまで発展できていない。首になったら終わりというのは、料理技術だけが卓抜した職人を育ててきてしまった結果かもしれません。

もちろん料理だけをひたすら突き詰めて成功しているシェフもいますが、それはほんのひと握りです。今後成功するシェフは、料理以外にも、経営、接客、プレゼンテーション、SNSでの発信など多角的なスキルをバランス良く持つ必要があります。BCCで学ぶシェフたちが母国語でない英語で普通にプレゼンテーションを行えるのも、将来国内外で活躍することを見据えてのスキルを身につけているからこそ。日本でも同じような思考でシェフを育てる教育機関が必要だと考えています。

 

日本の食教育は変わっていくのか

 

「Food Tech Studio – Bites!」を始めてから、日本にも少しずつ新たな流れができつつある兆しが見えてきています。たとえば東京大学でロボットの研究をしていた大学院生が、東大を休学して2021年春に辻調理師専門学校の本校に入学しました。この学生は学部時代に、私もジャッジを勤めた起業コンテストに応募して見事入賞し、アメリカに派遣されたこともあるガチのエンジニア女子なんです。
辻調の長い歴史の中でも、現役の理系の大学院生が入学したのは初めてのことだそうです。現役のロボット工学エンジニアが調理学校を中から見るとどうなるのか ー これは辻調理師専門学校の学生や職員にとっても、大きな刺激かつ新たな気づきとなるのではないでしょうか。

立命館大学には、食マネジメント学部という食に関する新しい学部ができました。私としてはさらに理系の要素を入れた食関連の学部がこれからの時代は増えて行って欲しいと思っています。
日本は世界的にも高い食文化を持っています。それを自分たちだけで囲い込んでしまうのはもったいない。きちんと世界に発信して、新たな価値の創生をして世界に貢献していくことが、ひいては日本の食文化をますます発展させる最善の方法なのではないでしょうか。

 

バスク・カリナリー・センター(BCC)
https://www.bculinary.com/

辻調理師専門学校
https://www.tsuji.ac.jp/branding/material/

立命館大学 食マネジメント学部
http://www.ritsumei.ac.jp/gast/

 

外村 仁 
Hitoshi HOKAMURA
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東京大学工学部卒業後、戦略コンサルティング会社Bain & Companyで経営コンサルティングに従事。その後アップル社で市場開発やマーケティング本部長職などを歴任。陸路でヨーロッパに渡った後、フランスINSEADで夫人がMBAを取得する間主夫として毎日料理に勤しみ、翌年交代しスイスのIMD(国際経営大学院)でMBAを取得。

2000年シリコンバレーに移住し、ストリーミング技術のベンチャーGeneric Mediaを共同創業、$12Mの資金調達から売却までを経験する。その後First Compass Group を共同創業、2010年からはエバーノートジャパン会長を務め、NTT DoCoMoや日経新聞との資本・業務提携を推進しEvernote社のユニコーン化に貢献。またEvernote時代にはChief Food Officerという愛称でも知られる。

現在、スクラムベンチャーズ、All Turtles、mmhmm等でアドバイザーを務める。2020年秋にFood Tech Studio – Bites!を創設し、日本の大手食メーカーと世界のスタートアップによるオープンイノベーションを推進中。またSKS-Jの共同創設者とともに「フードテック革命」を日経BPより出版。全日本食学会会員。肉肉学会理事。総務省「異能ベーション」プログラムアドバイザー。

 

<文 / 林田順子>