【荻野伸也氏1/2】フードロス解消のために人気飲食店を閉店、食品工場と連携し課題解決に取組む荻野氏の現在地
当社団が主催する、若手料理人の独立開業を支援する「チャレンジキッチン」プロジェクトが2024年も開催。厳正な審査により選ばれた料理人は、東京・日本橋でのキッチンカー開業が約束されている。このプロジェクトに携わるパートナーの一人が、シェフであり、食に関わる様々なプロデュースや経営コンサルティングなど多岐に活躍している荻野伸也氏だ。「農家から届く野菜の箱を開けてから、ぶっつけ本番で料理を考える」というスタイルで早くからフードロス解消に尽力してきた荻野氏に話を聞いた。
目次
日本が抱える未利用食材とは
荻野氏がフードロスに取り組むようになったのは、2007年に東京・池尻大橋に「レストランオギノ」をオープンしたことがきっかけだった。
「レストランオギノでは、農家から直接仕入れた無農薬野菜を使っていたのですが、コンパニオンプランツ(異なる種類の野菜を混植することで、病害虫などを予防する)のような、化学肥料や農薬の使用を減らした野菜の栽培に取り組んでいる農家さんはどうしても小規模多品種で、収穫量も安定していない。どうしたらお互いにとってメリットがあるだろうと、農家さんをまわっていたんです」
そこで目にしたのは、畑の隅に山積みにされた野菜だった。
「大きなカボチャや小さなカボチャ、曲がったきゅうりなどがいっぱいある。『どうしてこんなことになっているんですか』と聞いたら、『規格外だから市場には出せない』というんです。魚もそうです。最近は海の資源を守るため、漁獲量制限をしようという動きもありますが、日本では約3割の魚が、売れないからといって廃棄されている。食環境問題を突き詰めて考えると、絶対にフードロスの問題にぶち当たるんですよ。じゃあ、これをなんとかできるのは誰だろうと考えたときに、調理技術や知識を持っていて、基本的に何を送られてきても対応できるのは、料理人しかいないんじゃないかと思ったんです」
不格好な野菜、育ちすぎた肉、網にかかったものの販売許可がない魚……。これらは食べられる食材でありながら、現在の日本では多くが廃棄されている。そこで荻野氏はこれらの食材を買い取り、届いた食材で調理しようと考えた。
だが当時は、食にまつわる社会課題が今ほど一般的ではなかった。規格外の食材は売るものではないという固定観念や罪悪感が生産者側にもあり、突然訪ねたところで売ってくれるものでもなかった。そこで荻野さんは生産者の元に足繁く通い、信頼関係を構築するところから始めていった。だが、それでも必ずしも賛成する声ばかりではなかった。
「賛否両論あることは、ある程度予想していたことでした。『今まで捨てていたものが現金になるなら、来年も頑張れる』とおっしゃってくれる生産者もいらっしゃいましたが、本当は正規品を買ってもらったほうが嬉しい。だから正規品すら値動きが激しくて売れない時もあるのに、B品ばかり買われても困るという意見があるだろうなと。ただ『お前はゴミで商売するのか』とまで言われるとは思っていなくて。正直あれはキツかったですね」
そこから考え方を少し変えて、B品ばかりを探すのではなく、その時の畑の都合に合わせていこうと考えました。キャベツの収穫時期ならキャベツを大きさや形関係なく、農家さんにお任せして自信を持った野菜を箱に詰めてもらったものを送っていただくこととしました。
当然、何が入っているかは開けてみないとわからないというヒリヒリした毎日を過ごすわけですが、それはそれで私の料理スタンスや表現ということでレストランや総菜、デリカフェ含むグループ全体で行うこととしました。
フードロス解消をさらに進めるべく店舗を閉店
協力してくれる生産者と食材を確保したとはいえ、そこからが苦労の連続だった。どんな食材が生産者から送られてくるのか。毎日が綱渡り状態だった。
「これを送るねと画像をメールしてくれる人はいいのですが、基本的にはみんな何の連絡もなしに毎週金額分の食材を送ってくるので、料理を決定するまでに時間はかかりますよね。だから毎日メニューが刷り上がるのは、お客さんの来る15分前という状況。こういう取り組みは小規模なレストランだからできたことでしょうね」
未利用食材を活用しながらも、趣向を凝らした料理で一躍人気店になった「レストランオギノ」は、本格的なシャルキュトリーの販売やデパートへの出店など、都内で4店舗を経営するまでに成長。だが荻野氏は2020年3月にすべての店を閉店。そこにはフードロスへの取り組みをさらに発展させたいという想いがあった。
「シャルキュトリーを作る小さなキッチンを13年ほど前から持っていて、少しずつ拡大していたのですが、あるところでこれ以上本気で取り組もうと思ったら、衛生管理や保管の面から莫大な投資が必要になり、個人の資金では難しいという壁にぶち当たって。そこで、これ以上のことをやるなら一度リセットして、ある程度の規模があって、販売網も持っている会社と一緒にやった方がいいと考えたんです」
レストランオギノで提供していたシャルキュトリー
新たに設立したフードロス対応型の工場
飛び込んだのはイタリア食材の輸入や冷凍ピザの製造販売などを行なう株式会社佐勇(SAYU)。惣菜の販売拡大に加え、新規事業として惣菜を始めたいと考えていたSAYUに、惣菜開発経験が豊富な荻野氏が参画。一次産業や流通の現場から出る肉、魚、野菜、果物などの未利用食材を活用した全方向的な惣菜製造ために、2023年、延べ床面積1800坪を誇るフードロス対応型の「羽田工場」を新たに大田区昭和島に建設し、2023年11月に本格稼働した。
羽田工場
「野菜、肉、魚など、どんな素材も扱えて、冷凍も缶詰もレトルトパックもすべて製造できるラボのような位置付けで工場を設計しました。我々としてはブロッコリーの茎や椎茸の軸など、食品を加工する過程でこれまで捨てられていたものや商品に昇華できていなかった素材を回収し、新しい商品を作り出して、加工賃だけ乗せて、それを再びその会社の流通にリーズナブルな価格で乗せてもらうというスキームを考えています。ただこれまでの少量生産とは、桁が大きく違うので、例えばスープを冷却するのでも何倍も時間がかかる。そうなるとやっぱり仕上がりが変わってきてしまい、大量にレストランクオリティの商品を作るのは大変だなと、試行錯誤しているところです」
羽田工場内の様子
現在はプライベートブランドを中心に製造をしているが、ある程度軌道に乗ったところで、自身のブランドも復活させたいと考えている。
「今の工場の規模だと、これまでのように小規模生産者さんからその時に余っているものを送ってもらうというのはなかなか難しい。ただ、そこが自分の原点でもあるので、小さな店から始めて、フードロス解消の動きをいろいろなところに波及させられるといいなと思っています」
荻野 伸也
Shinya OGINO
1978年、愛知県生まれ。大阪の調理師専門学校から、同フランス校へと進学。その後、有名レストランなどの料理長を歴任し、2007年「レストランオギノ」をオープン。2009年にシャルキュトリーの販売を始め、全国のレストランなどのプロデュースや、テレビ出演など多方面で活躍。現在はSAYUでフードロス解消のための商品開発などに携わる。
<文 / 林田順子>