MENU
【西原理人氏 2/2】「もったいない」の精神が料理のジャンルやスタイルを超えてSDGsへの取り組みにつながる Food
Innovation

【西原理人氏 2/2】「もったいない」の精神が料理のジャンルやスタイルを超えてSDGsへの取り組みにつながる

審査を通過した若き料理人に、日本橋でのキッチンカー開業をサポートする「チャレンジキッチン2021」プロジェクト。この審査に携わった奈良県の日本料理店「白 Tsukumo」店主の西原理人氏は、応募資格である「社会課題の解決に繋がる新しい食の在り方」というSDGsの観点に特に注目していたという。様々な分野でSDGsへの取り組みが行われる今、西原氏は料理におけるSDGsについてどのような考えを持っているのか。

 

SDGsも考慮したキッチンカーに期待

 

キッチンカー開業をサポートする今回のプロジェクトだが、もともと西原氏はキッチンカーとSDGsは対極にあると感じていたという。

「使い捨ての容器や箸を使い、大量の廃棄物を出す。車での販売はガソリンを使い、二酸化炭素も排出する。キッチンカーは『商売』に重きを置いているイメージがありました。ところが今回チャレンジキッチンの審査員のお話をいただいて、改めて課題を掘り下げていくと、これは偏見によるもので、視野が狭過ぎると気づきました。実店舗でもガスや電気を使いますし、ゴミも排水も出す。結局は作る人の意識がSDGsの本質だろうと思えたのです。

電気や水もない畑にキッチンカーで出向いて、収穫から食事まで行う食育のようなこともできますし、いざとなれば災害時にも活躍できる。アイデアと行動力次第で、キッチンカーは様々な可能性を秘めていると思います。若い料理人の方々がSDGsをどう解釈をして、キッチンカーで表現されるのかは非常に興味があります」

 

食材へのこだわりが廃棄しないことにつながる

 

西原氏が調理をする際は、徹底的に食材の無駄を省く。それは西原氏の食材への強い思いがある。例えば、すべての仕入れを自身で行うだけでなく、生産者のもとに食材を受け取りに行ったり、料理の下に敷く懐敷や飾りの葉などは既製品に頼らず自ら山に入り採取している。時間と手間をかけて揃えた食材は、ただの材料ではないのだ。

「捨てることは簡単ですが、一度立ち止まって何ができるのかを考えることが大切です。農家の方の思いのこもった野菜ですから、ただの付け合わせとして扱うようなことはしません。とはいえ、例えば○○産のブランド食材をふんだんに使った豪華な料理でもありません。見向きもされなくても、大変価値のある食材が日本にはまだまだあります。そういう食材と日々真剣に向き合い、どのようにして食材を最大限に活かすことができるかを考えることに価値があると思っています」

 

SDGsに繋がる精進料理の精神

 

食材へのこだわりに加え、ニューヨークの精進料理店「嘉日」で初代料理長を務めた西原氏にとって、SDGsへの考えの根底にあるのは精進料理の思想だ。

「精進料理には徹底的に無駄を出さないという考え方があります。一般的には捨てられるものにも価値を見出し、使い切る努力をする。クオリティを高く保ちつつ、食材すべてを料理に昇華させる。この精進料理の考え方は、昨今のSDGsやサスティナビリティの流れによって始まったことではなく、日本古来からの“もったいない”という精神の現れです。そして、日本人のこの思想は現在、世界的な問題となっている食糧事情にも貢献するものだと思っています」

西原氏は精進料理の観点から食材を3つに分類するという。

1お客様への料理に使うもの
2スタッフのまかないに使うもの
3廃棄するもの

廃棄するのは例えば玉ねぎなら茶色の外皮部分、にんじんならば外皮、キャベツの外葉や椎茸の軸など。ニューヨークの精進料理店では、これらの端材を集めてソースも作っていたという。

「まずは集めた野菜で出汁をひきます。これを濾して、煮詰めるという作業を何日も繰り返すことで、濃厚な『精進ウスターソース』を作っていました。あまりに手間をかけているため、米紙ニューヨーク・タイムズに取り上げられたこともあります。取材の日、記者の方は朝から晩まで監視するように全ての行程をチェックしていましたが、取材の最後に「まだ途中段階です」とお伝えすると、記事では『A Sauce Worth Slaving over』(奴隷的に働く価値のあるソース)とタイトルがついてしまいました(笑)」

P1030912 (1)
ニューヨーク「嘉日」料理長時代には数々の食のイベントでシェフとして調理技術を披露した

 

現在の西原氏の店舗では魚も肉も取り入れているが、精進料理の精神は今も大切にしている。

「元来の精進料理ではありませんが、大切なのはその心。“もったいない”という精神を大切にすれば、フレンチでもイタリアンでも、料理のジャンルを問わず、また、提供するスタイルも選ばず、無駄な食材を出さないことは可能だと思っています」

 

奈良の伝統行事や文化を感じられる「感性に訴えかける料理」を目指して

 

日本料理の良さの一つに、食材に手を加え過ぎないということがある。素材の持ち味を生かし、シンプルな調理を行うイメージがあるが、西原氏の料理の中には、あえて時間をかけて仕込むものもあるという。

「時には手をかけすぎと言われるような一皿を出すこともあります。その根本にあるのは、(白 Tsukumoのある)奈良の伝統行事や文化を料理に反映させるためです。料理の味だけ食材だけの料理ではなく、もっと豊かでどこか懐かしい思いに駆られるように”感性に訴えかける料理”を目指しています」

Img 0830 (1)

西原氏の一皿「花火-鍵屋弥兵衛-」


例えば、西原氏の一皿である「花火-鍵屋弥兵衛-」。
江戸の花火職人”鍵屋”の初代鍵屋弥兵衛は奈良の五條出身であることからインスピレーションを受けた一皿。食べ進むと食感に花火が打ちあがる音がするように仕掛け、香りには火薬を彷彿とさせる焼茄子や炙りの大和牛が添えられている。江戸時代の花火の情景に思いを馳せる色とりどりの食材や食感の妙を楽しむことができるのだ。


「他にも、歌舞伎”義経千本桜”の演目に登場する鮎の熟れ鮨をイメージした『吉野鮎の熟れ鮨 焼鮎乗せ』もあります。吉野鮎の熟れ鮨は現在は製造されていません。奈良から姿を消した鮎の熟れ鮨を再び蘇らせた一品です。」


ニューヨークでは多くの人々を魅了した西原氏の精進料理。
SDGsにも通ずるその精神を軸に、今日も西原氏は奈良の店舗で一つひとつの食材と向き合い、奈良の伝統や文化と融合した料理を生み出す。丁寧に作りあげられた料理は今後さらに多くの人に支持されていくに違いない。


西原 理人
Masato NISHIHARA
1637028137033 1

1977年生まれ。高校卒業後、京都嵐山吉兆で10年の修行を積み、軽井沢の蕎麦懐石の名店、東間で料理長を務める。2009年、3年の任期でニューヨーク初となる精進料理店「嘉日」の初代料理長となる。2010年にはアメリカのRising star chefに選出。2011年、2012年度のミシュランガイドニューヨークで二つ星を獲得。吉兆時代の師を訪ね、日本料理店「UMU」で3年を過ごしたのち、2015年独立し、奈良県に「白 Tsukumo」をオープン。西原氏の料理を目当てに県外からも多くの人々が訪れている。

 

<文 / 林田順子>