【外村仁氏 3/4】日本の料理人に必要な科学的思考と発信力
「企業も料理人ももっと料理に付加価値をつけて、高く売ることを真剣に考えるべきです」と日本の食文化の価値喪失にも危機感を募らせる外村仁氏。シリコンバレーに居を構える外村氏が考える日本の食の価値とは。
※写真上:料理の専門大学CIAにて世界のシェフを集めて毎年開催される国際会議「Worlds of Flavor」
日本の食文化を伝える英訳本の不在
帰国するたびに日本の飲食店はこんな安い値段で、こんな高度なことをやっているのかと驚くことばかり。伝統や努力で築き上げてきたものを、日本のお客さんはみんな当たり前に受け止めすぎていて、この価値を過小評価しているのではと感じます。
例えば、発酵にこれほど種類があるのは、おそらく日本だけでしょう。文化人類学的な発酵の本があんなに本屋に並んでいる国も私は知りません。ところが英訳されている本は1冊もありません。
今、アメリカでも発酵はちょっとしたブームになり始めています。3年ほど前にはアメリカ人やインド人シェフが突然、納豆を作ってみたと言い始めました。
彼らが何を基に発酵を学んだのかというと、デンマークのレストラン「noma」のシェフ、レネ・レゼピと、スーシェフであるデイヴィッド・ジルバーが書いた発酵本「The Noma Guide To Fermentation(日本語タイトル「ノーマの発酵ガイド」)」なのです。
一方で、日本食の本については、京都の料亭「菊乃井」の村田吉弘さんが設立されたNPO法人日本料理アカデミーから「日本料理大全」を日本語版のほか、英語版とイタリア語版に訳して出されているくらいです。そのほかには日本人の書いた本格的な料理の本は、欧米ではほとんど出版されていません。
世界への情報発信の努力をしないまま放っておいたら、日本独自の食文化は海外の人によって精密に分析され、伝統と言われるものは科学で語られることになる。「日本にも昔はあったらしいね」と言われるかもしれないし、そうなるとそこには日本へのリスペクトもないし、もちろん日本のためのビジネスにもなっていないでしょう。別の国にノウハウを取られて、発展して、他国が本家になることだってあり得る。
世界のシェフが求めるのはhowではなくwhyである
米カリフォルニア州・ナパで2013年に開催された世界料理カンファレンス「Worlds of Flavor」。生江史伸シェフ(写真右)が英語でプレゼンテーションを行った
日本のシェフが海外でセッションをすると、非常に丁寧に手順とレシピを説明してくれ、まさに日本的には親切なんですが、他国のシェフからは必ずしも喜ばれない。ときには「何か秘密にしているのでは?」と不満が出たりもします。その主たる理由は、日本独自の食材がないと再現不可能なレシピになっているから。彼らは自国の良い素材を使いながら、学んだことを自分の料理に生かしたいのです。それに対し、日本人の教えるレシピはメソッドだけが詳しく語られ、応用が効かない。how(方法論)は教えるけれど、why(なぜそうするか)は教えないのです。
日本の料理界は今でも経験と勘が重視される傾向があります。例えば、出汁をとるときに、何℃になると旨味が出て、何℃になると雑味が出るのか。感覚でわかっていても、ロジカルに教えることができる料理人はどれくらいいるでしょうか。
東京・西麻布のフレンチ「レフェルヴェソンス」の生江史伸シェフがナパのCIA (The Culinary Institute of America)のカンファレンスで行った講演はとても好評でした。彼は自分の得意料理であるカブの臭みをとるための化学式をスライドでバンッと映し出した。その瞬間、会場にいた700人のシェフたちが一斉に写真を撮り始めたんです。今や世界のシェフはテクニックやスキルだけではなく、「なぜそうなるのか」を科学的に学びたいのです。
また、生江シェフは日本のシェフの中でただ一人通訳なしで英語でプレゼンされた。これも大事なポイントです。
日本独自の食文化を守りつつ、さらなる価値を創出し、世界に発信していくために、これからの料理人には科学的思考とそれを表現する力が求められているのです。
「noma」の姉妹店「INUA」にて、ヘッドシェフであるトーマス・フレベル氏と書籍「ノーマの発酵ガイド」と共に
外村 仁
Hitoshi HOKAMURA
東京大学工学部卒業後、戦略コンサルティング会社Bain & Companyで経営コンサルティングに従事。その後アップル社で市場開発やマーケティング本部長職などを歴任。陸路でヨーロッパに渡った後、フランスINSEADで夫人がMBAを取得する間主夫として毎日料理に勤しみ、翌年交代しスイスのIMD(国際経営大学院)でMBAを取得。
2000年シリコンバレーに移住し、ストリーミング技術のベンチャーGeneric Mediaを共同創業、$12Mの資金調達から売却までを経験する。その後First Compass Group を共同創業、2010年からはエバーノートジャパン会長を務め、NTT DoCoMoや日経新聞との資本・業務提携を推進しEvernote社のユニコーン化に貢献。またEvernote時代にはChief Food Officerという愛称でも知られる。
現在、スクラムベンチャーズ、All Turtles、mmhmm等でアドバイザーを務める。2020年秋にFood Tech Studio – Bites!を創設し、日本の大手食メーカーと世界のスタートアップによるオープンイノベーションを推進中。またSKS-Jの共同創設者とともに「フードテック革命」を日経BPより出版。全日本食学会会員。肉肉学会理事。総務省「異能ベーション」プログラムアドバイザー。
<文 / 林田順子>