【中東俊文氏2/3】コロナ禍で現実と向き合い大きく変えたレストランの方向性
化学肥料や農薬の過剰散布による環境負荷、食品ロスなど、現在、食に関連する環境問題は世界的な課題となっている。この問題に向き合い、自身のレストランと農業を密接に繋いだ循環型システムに挑んでいるのが、「草片cusavilla」の中東俊文シェフだ。中東氏のサステナビリティへの思いと、その取り組みを紹介する。
目次
大量の食品ロスを出すフランスの星付きレストラン
食材を余すところなく使う「草喰なかひがし」を生家に持つ中東氏にとって、フランスの星付きレストランでの修業経験は衝撃的なものだった。
「その直前にいたイタリアのレストランは、同じ星付きでありながら、温故知新を大切にし、食材を無駄なく使うことに力を入れていました。ところがフランスの店では全てのお客様に全く同じクオリティの料理を出すことを求められました。例えばインゲン豆なら、先端を使った皿と真ん中を使った皿があるのは許されない。だからすべての皿で先端だけを使う。では残った部分はどうなるかというと、使いきれないので廃棄になる。だからとてつもない量のゴミが出ていたんです」
現在はミシュランもグリーンプログラムを取り入れるなど、サステナブルな姿勢を重視するようになっているが、中東氏が修業をした18年前は、まだ環境への配慮という概念は一般的には薄かった。
「料理の均一化という観点ではとてもフェアで、お客様から見るとすごく大切なことですが、地球というマクロな視点で考えた時にはすごく不自然なことです。もちろんとても勉強になる経験でしたが、一方で食材や生産者さんに対して申し訳ないという気持ちも持ちながら働いていました」
コロナ禍による食品ロスの恐怖
その中東氏が地産地消をコンセプトに掲げ、2016年に西麻布にオープンしたのが「エルバダ ナカヒガシ」だった。
「いくらおいしい食材でも地球の裏側から運ぶ必要性があるのかとずっと疑問がありました。結局近くにある食材でおいしいものを作る、理に適っていることをするのが料理人ではないかと考えて、東京の野菜を使うことにしたんです。ただ、オープン当時は客単価を稼ぎたいという思いもあって、高級食材をメインにおいしい野菜を添えるという程度でした」
その考えが大きく変わったのがコロナ禍だった。感染者の増加に伴い、東京都は緊急事態宣言を発令し、飲食店に時短営業や休業を要請。中東氏も「周囲の目もあり、選択の余地はない」と休業を決めた。
「店を閉めて、やることがなくなって、だったらこの機会に、いつもお世話になっている生産者さんのお手伝いができないかと思ったんです」
ところが東京・青梅市にある青梅ファームで見たのは衝撃的な光景だった。
「畑が収穫のタイミングを逃した野菜で溢れかえっていたんです。これまで生産者の方々にお願いをして野菜を作ってもらっていたのに、なんて申し訳ないことをしてしまったんだと強く後悔しました」
そこで中東氏はすぐに営業を再開。同時に、営業方針を徐々に見直し、高級食材は扱わず、客単価を下げて、野菜をメインに使った「草片cusavilla」へとリニューアル。さらに農作物の廃棄を減らそうと、生産者の元にある余剰分の野菜を買い取り、近隣の駐車場での販売も行った。
「利益を生み出すことを考えたら、以前の方が簡単です。だけど野菜が無駄に廃棄される怖さ、生産者の生活が立ち行かなくなる怖さの方が強かった。それと多くの方に東京にはこれだけおいしい野菜があるということを知ってもらうきっかけになればと思ったんです」
草片 cusavilla の食材から。東京産のカブ
単価を下げたことで、これまでとは違う若年層の顧客やリピーターも増えた。
「野菜っておいしいね、とリピートしてくださる若いお客様もいて、すごくありがたいと思っています」
循環型農業&エネルギー資源脱却への挑戦
コロナの影響で考える時間が増えたことによって、食材に対する向き合い方も変わった。これまでであれば廃棄していた端材も余すところなく使い、現在「草片cusavilla」では、生ゴミがほぼゼロになっているという。
「例えばうちのミネストローネは、コーヒーのサイフォンで入れているのですが、上には野菜の端材を乾燥させたもの、下には生ハムの骨からとったスープを入れて作っています。また、イタリア料理では卵黄を使うことが多いので、卵白はメレンゲにして、そこにスープを取った後の野菜を再び乾燥させて粉砕したものを練り込んでいます。使いきれなかった野菜の端材は堆肥にし、魚や肉の骨は丸焦げにして粉砕し、畑に戻しています。最近では食材を仕入れるときから、ゴミになるものを想像して買うようになっていますし、端材になりそうなものを他の食材とどう組み合わせたらいいのか、パズルを合わせるようにメニューを考えています」
草片 cusavilla のミネストローネ
さらに現在は自ら農業も行っている。自宅のベランダで野菜の苗を育て、週に2〜3度あきる野市にある自身の畑に足を運び、その苗を植える。畑から取れた種は採取し、自宅の冷蔵庫で保管をして、種植えの季節になったら、自宅のベランダで再び苗まで育てる。「生活の全てが農に還る」循環型のライフスタイルを楽しんでいるという。
「最近はガソリンを使わない農業にも取り組んでいます。ウクライナ侵攻により、ロシアのエネルギー政策に頼った、これまでの生活にさまざまな歪みが起きています。僕一人が草刈機や耕運機を手作業に変えたところで何かが変わるわけではないのですが、どこまでできるのかという挑戦でもあるんです」
生産性重視から幸福度重視の変化
厨房に立ちながら、農業にも携わる労力は大変なものだ。だが、中東氏は「自分が楽しいし、体も喜んでいて。だから全然大変じゃないんですよね」と語る。
「例えば父の時代だったら、僕がやっていることは生産性が悪いという論理で切り捨てられていた話だと思うんです。ただ、僕らが子供の頃は発展することが幸せになることだと思っていましたが、今は歴史を振り返ってそうではないことにみんなが気づき始め、発展することに費やすカロリーよりも、みんなが幸せになることに直結するものにカロリーを費やす方がいいという流れになっていると感じます。だからこそ僕らの世代ができることは、今、何をしなくてはいけないのかを考え、歪になっていた形を整えてあげることだと思っています」
厨房に立ちながら、農業にも携わる労力は大変なものだ。だが、中東氏は「自分が楽しいし、体も喜んでいて。だから全然大変じゃないんですよね」と語る。
▷【中東俊文氏3/3】これからの若き料理人に期待すること
中東 俊文
Toshifumi NAKAHIGASHI
1982年、京都府生まれ。京都の名店・ミシュランニツ星店「草喰なかひがし」の店主を父に持ち、幼少の頃より料理に慣れ親しんできた。18歳で単身渡伊し、トスカーナの「Ristorante Arnolfo」をはじめとするミシュラン星付き店で経験を積み帰国。帰国後も数々の名店で腕を振るい、「erba da nakahigashi」を開業。2020年、「草片cusavilla」にリニューアルした。
独創的かつ色彩豊かな料理を提供し続けている。
草片cusavilla
https://cusavilla.com/
<文 / 林田順子>